PUMAスニーカー集

「PUMA」のスニーカーは「SUEDE」だけじゃない!他にもイケてる「ディスクブレイズ」や「THUNDER SPECTRA」などがあるのをご存知ですか?この記事を読めば、定番からコアなスニーカーまで知ることができます!別記事には最新情報も随時更新しているので是非見ていってください!

PUMA

後にadidasの創設者となる弟の「アドルフ・ダスラー」とともに営んでいた「ダスラー兄弟製靴工場」が分裂し、兄「ルドルフ・ダスラー」が、1948年に「PUMA」をドイツに設立。当初はルドルフの「Ru」とダスラーの「Da」を合わせた「Ruda」という会社だったが、すぐにより軽快な印象の「Puma Schuhfabrik Rudolf Dassler」に社名を改名。1948年10月、ブランドネームと最初のロゴが登録された。この最初のロゴは2000年代に「PUMA Black Label」の「Rudolf Dassler Schuhfabrik」コレクションのロゴとして復活した。「PUMA」と「adidas」は競争関係にあり、町を二つに分裂化させるほどだった。主にSUEDEが有名。


CLYDE

1972年に当時NBAニューヨーク・ニックスのスタープレーヤーだった「ウォルト・クライド・フレイジャー」が着用したシグネチャーモデルとして誕生。「ウォルト・クライド・フレイジャー」が着用した「CLYDE」は、当時の生産キャパを超えるほどアメリカで大人気商品となった。1979年に「ウォルト・クライド・フレイジャー」との契約が終了すると、以降「CLYDE」のロゴを失くしたスウェードアッパーのシューズを作り続けるが、このシューズにはモデル名がなく、品番が商品名とされる「90681 PUMA」という物でだった。後に名前が「SUEDE」に変わる。

SUEDE

1960年代に前身となる、スウェード素材を使用したトレーニングシューズが誕生する。「CLYDE」と並び、「PUMA」の中で最もアイコニックなスニーカーである。発売当初は「PUMA(プーマ)」という商品名で展開されており、後に「PUMA」の「SUEDE」という名称で商品名になった。1968年のメキシコ五輪で、金メダリストの「トミー・スミス」が表彰台に「PUMA」のスウェード製のトレーニングシューズを着用し上がり、黒の革手袋をした右手の拳を上げる人種差別撤廃のパフォーマンスが有名な話である。

ディスクブレイズ

1993年に発売。1992年にシュータン部分に取り付けたディスクを回すだけで内部に張り巡らされたワイヤーが連動し、フィット感を調節できる「DISK SYSTEM」を開発。この「DISK SYSTEM」は「DISK SYSTEM ブレイズ」以外にも「DISK SYSTEM テレイン」にも搭載。ランニングシューズの世界で大きな注目を集めることとなったが、実際の用途としてはランのために購入するというよりも、その大半はストリートシーンで着用された。

THUNDER SPECTRA

「THUNDER」は、1990年代に登場した衝撃吸収テクノロジーの「Cell」を使ったランニングシューズと、「ALEXANDER McQUEEN」とのコラボレーションからインスパイアされたもの。プレミアムなメッシュとヌバックをアッパーに使用し、ボリュームのある立体整形された独自のソールユニットと斬新なカラーリングが特徴的である。「THUNDER ELECTRIC」 も人気を博している。

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